編集後記

 田中達也の本を作りたいと思い立ったのは、ずいぶんと前のことでした。

 2005年の負傷を経て、そこから復活をした“ストーリー”に興味を抱く人はいるはず。しかし、私が作りたかったのは、そういう“闘病記”みたいなものではありませんでした。

 だから、2006年復帰後の活躍は、私にとって、出版のタイミングではないと考えていました。

 その後も田中達也のリハビリは続き、2012年になってやっと怪我のないシーズンを迎えることができたものの、今度は試合出場機会を失い、浦和レッズを退団するに至ります。

 その秋、久しぶりに私は田中家の食卓で夕飯を頂きました。そのとき、「浦和を出ることになった」と聞かされます。まだどこへ移籍するかも決まっていないにも関わらず、「僕はプレーさせてもらえるなら、どこへでも行く」「私たち家族もそこへついていく」と田中夫妻の強い気持ちに触れ、必ず好転するに違いないと、田中達也というイチ選手のキャリアについて、私は不思議と楽観的気分になりました。

 そして、アルビレックス新潟への移籍が決まります。

 書籍を作れるかはまだわからないけれど……と、「FootballWeekly」というサイトで、田中達也コラム「リスタート」を2013年からスタートさせました。毎月1度の電話取材。出場機会が減るなかで、連載の更新も滞りがちになってしまい、本書制作開始以降はほとんど更新ができておらず、これは私にすべての原因があります。申し訳ありません。

 そして、2015年夏ごろに企画書をアルビレックス新潟に提出し、取材経費を確保するために、出版社や取次を通さない形での販売について説明。田中達也選手同様にクラブからも快く出版の許可を頂き、任せてくださったことに感謝しています。

 秋から本格的な単行本の取材をスタートさせました。電話ではなく、きちんと向き合って話を聞く形での取材です。月に1度新潟へ行き2回のロングインタビューを実施。

 ちょうど、田中選手自身が試合出場機会が激減したシーズン。田中選手自身にも精神的な負担をかけてしまったかもしれません。しかし、どんな状況に立たされても「練習にこだわる」という彼の想いの強さ、ある種の頑固さを改めて知ることにもなりました。

 

なぜ、田中達也はこんなに愛されるのか?

 2016年春からは、田中達也選手にゆかりのある方々に「あなたにとって田中達也とは?」というテーマでお話を伺いました。最初の取材はフランクフルトの長谷部誠選手。長谷部選手が“真面目か”とイジられるエピソードは有名ですが、そのルーツは田中達也選手じゃないかと指摘すると、最初は「どうかなぁ」と言っていた長谷部選手も、いろいろと話すうちに「そうかもしれないね」と。そしうて「現役引退するまでに何か別なことを始めたら、そっちが面白くなるのが怖い」という話になり、その考え方もまた、田中達也選手と同じだったことに驚きました。

 その数週間後、ベルリンで原口元気選手の話を伺いました。まさに“アイドル”について語る少年のように目をキラキラと輝かせて語ってくれたのが印象深かったです。

 福田正博さんをはじめ、その後取材する誰もが田中達也選手について語るとき、少し前のめりになります。ときどき、懐かしい光景を思い出すように目を細めて、楽しそうに話してくれました。大切な友だちを自慢するような様子なんです。

 

 ひたむきで純粋で、生真面目で、真摯にサッカーと向きあう。そして、私生活ではちょっぴり子どもっぽくて、ギャップが大きい……と田中達也を表現する言葉の数は限られていて、「また?」と思う方もいるかもしれません。でも、それが田中達也なのです。
 そして、そういう彼が本当に愛されているんだなと、つくづく感じました。そしてリスペクトされていました。年齢に関係なく、大なり小なり、周囲へ影響を与えているのが田中達也でした。
  

 田中達也選手がお世話になり、この自叙伝に登場し、語ってもらう人たちの選ぶ作業は、結構困難でした。「語りたい」と言ってくれるだろう人がたくさんいますし、田中選手自身が語ってほしいと思う方もたくさんいました。ページの関係もあり、編集者である私の判断で、最終決定させていただきました。

 今回、お声がけができなかった方々にも、田中選手にもお詫びしたいと思います。

 

 田中達也選手には愛が溢れている。サッカー愛、家族愛、仲間との愛……。サポ―ターへの愛。

 だから、彼のプレーは観る人の心をわしづかみにするような不思議なエネルギーを発散させているんだなと。
 そのことに改めて、気づきました。

 

「誠の心をもって尽くせば、動かない現実などない」

「努力は報われる」
 高校時代の成功体験が田中選手を支えてきました。
 しかし、「どんなに努力をしても報われないこともある」という現実を知ることになります。誰よりもストイックに暮らしていても、負傷することもあれば、懸命に練習に取り組んでいても試合出場のチャンスが訪れないこともある。それでも、「毎日サッカーにすべてを捧げて生きる」という信念を田中選手は曲げることがなかった。
「至誠にして動かざる者は 未だ之れ有らざるなり」
 これは吉田松陰が孟子の書の中に見つけ、よく口にした有名な言葉です。「誠の心をもって尽くせば、動かなかった人など今まで誰もいない」という意味があるのですが、田中選手の話を聞きながら、何度も「至誠」という言葉が頭に浮かびました。「誠の心をもって尽くせば、動かない現実などない」とでもいうように彼は生きてきたんだと痛感しから。
(ちなみに吉田松陰も田中達也も同じ山口県出身ですが、田中選手の生まれた徳山市は、長州藩ではなかったようで、特別吉田松陰に影響を受けたわけでもないようです)

 そうして、プロ16年目となった2016年シーズンは開幕から先発出場を続けて、得点もあげています。
 この先のことは誰にもわからないけれど、こういう状況下で、このタイミングで、出版できることを本当に幸せを感じています。
 本書を予約し、楽しみに待ってくださっている人たちの期待に添える作品になっていなかったとしたら、それはすべて私の力不足が原因です。とはいえ、本書を手に取ってくださった方々が、どんな感想を抱いてくれるのか、今から楽しみでなりません。
「もうひと頑張りしてみようか」
 本書がそんな気持ちを抱くきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。

 

最後に

 本書製作過程では、アルビレックス新潟の栗原広報に本当にお世話になりました。

 余裕をもって仕事ができず、自業自得でスケジュール的に少しテンパりそうな私に「大丈夫ですよ、うまく行きますよ」と、かけてくれた言葉は、私のお守りになりました。そして、連戦の多忙ななか、原稿チェックで文字校正までして頂き、迷惑をかけ通しでしたが、タイトなスケジュールにも応じて頂き、恐縮な想いと感謝でいっぱいです。

 そして、スタッフ探し、テープお越しや校正で、力を貸してくれたみなさんの存在は、心強かったです。
 はじめてのお仕事となったにも関わらず、丁寧な仕事で、私のわがままにも応えてくれたデザイナーの増田詔子さん。

 ゲラを読んで「いい本を作ったな」と言ってくださったK&K事務所の刈部謙一さん。今回に限らず、いつも私の挑戦を全面的にバックアップしていただき、感謝しています。

 

そして、田中達也選手へ。

諦めを知らず、まっすぐに生きるあなたの姿が、本書を作る原動力でした。慣れない作業も多いなか、最後まで協力してくれてありがとうございます。

愛美さんへの感謝の言葉も尽きません。いつも居心地の良い空気を作ってくれてありがとう。聖愛ちゃんや麗愛ちゃん、秀虎くんが大きくなって、この本をいっしょに読める日を楽しみにしています。

 

2016年5月9日 寺野典子